「枕営業って! 緋雪はそんなことしていないし、真剣に口説いてるのは僕のほうなのに。逆にもっと緋雪には僕に対して色目を使ってほしいくらいだよ」 最後に言った、色目を使えって部分がおかしくて、思わず笑いそうになる。 こんな時になにを言っているんだ、この人は。 第一、色気もなにもない私が色目なんて使っても、なんの効果もない気がしますけど?「それに、僕に色目を使ってるのは、緋雪じゃなくてハンナのほうだろ」 「……え?!」 「あ、いや……その……」 今のは宮田さんにとって失言だったのか、あわてるような素振りで視線を逸らされた。 まずいことを言った、と顔に書いてあるような表情をしていてとてもわかりやすい。「気づいてたんですか、彼女の気持ちに」 私がそう言うと、チラリと視線だけを私のほうへ寄越す。「宮田さんを狙ってるって、私にも言ってましたから」 「……そうなんだ。でもあの子の場合はどこまで本気かわからないよ。最上梨子のドレスが着たいだけかもしれない。それに流す浮名も多い子だからね。相手は若手俳優とかイケメンモデルとか。ま、僕はまったく興味が無いから、そんなことはどうでもいいけど」 ハンナさんはあの容姿なのだから男性にモテないはずがない。 だけど宮田さんのレーダーには引っかからないみたいで、それが不思議だ。「私が宮田さんと一緒にパーティに来ていること自体にも、腹を立てていたのかもしれませんね」 「……え」 「最初から目障りだったんだと思います。自分のお気に入りの男性の傍をウロチョロする私の存在が」 「…………」 「それこそ、自分の容姿に自信のある彼女のプライドが許さないんじゃないですかね。私なんてライバルにも成りえないって思ってるでしょうし」 彼女と会話していると、常に見下された感が否めなかった。 無意識だったのかもしれないけれど、彼女の心の中にそういう気持ちがあるからこそ表にも出てくるのだろうと思う。 自分よりも容姿の劣るブスが、どうして彼のそばにいるのか、と。「勘違いも甚だしいよね」 「え?」 「たしかにライバルになんて成りえないよ。僕は最初から、ハンナのことは眼中にないんだから」 その色気を含んだ漆黒の瞳に、吸い込まれそうになった。「緋雪と出会ってから、ずっと緋雪に夢中だよ。……どうしよう」 至近距離でそ
「香西さんから、また届け物」 少し漏れ聞こえてくる会話から、訪ねて来た人はホテルのスタッフだろうと思ったけれど、やはりコンシェルジュだったみたいだ。「なにが届いたんですか?」 「着替えがないと困ると思って、用意してくれたみたい」 「着替え?」 「これ。下着みたいだけど」 真新しい袋に入った下着らしい代物の中身を覗こうとしている宮田さんの手から、それを素早く奪い取る。 男性のあなたが、それを確認しなくていいです。「さすが香西さん。ないと困るもんね」 にこにことそんなことを言われても、私の顔が赤くなるだけだ。「服も届いてるよ。着て帰るものがなかったら、って考えてくれたんだろうね」 たしかに着てきたドレスがあんな状態では……代わりに身に付けるものがなかった。 デザイン事務所の衣裳部屋には、私が家から着てきたスーツがあるから誰かにそれを届けてもらうのが最善かもしれないけれど。 あの部屋の鍵は宮田さんが持っていて、容易く誰でも入れる部屋ではない。 だからと言って、宮田さんに取りに行ってもらうには申し訳がなさすぎる。 でも違う服で……と言っても、この部屋に居たままで調達する術がわからない。 どうしようかと、実はそれを先ほどから悩んでいたところだった。「申し訳ないですね。こんなに気をつかってもらって」 「いいんじゃない? 僕と香西さんは仲がいいし。ちゃんと僕からお礼を言っておくから」 「すみません」 香西さんが届けてくれたのは、ホテルで着ていてもおかしくないような上品なスカートとインナーとジャケットだった。「お、これ香西さんのデザインだ」 宮田さんがうれしそうにそう言って、私の顔の前にジャケットを当ててみる。「あー、でも。僕のデザインほうがもっと緋雪に似合うよ」 そんなことを言うなんて。 彼も実は意外と負けず嫌いの自信家みたい。「それとあのドレス、今ホテルのクリーニングに一応出しといたから」 「ありがとう……ございます」 私が洗うより、プロの人に任せれば汚れはかなり落ちそうだ。 できるだけ元に戻りますように、と心から願った。「緋雪は明日、仕事があるの?」 「いえ、有給を取りました」 慣れないパーティに行ったら絶対に疲れ果てると予想して、私は事前に翌日の有給申請をしておいた。……かなり正解だと思う。「
「緋雪がシンデレラなら、ドレスを用意した僕は魔法使いってことになるじゃん。……王子は香西さん?」 「……あ、そうなりますね」 「嫌だよ! 僕は王子がいい!」 真剣な表情でそう主張する宮田さんを見てケラケラと笑ってしまった。 こういうところは子どもっぽくてかわいい。「緋雪はさ、〇時を過ぎても魔法は解けないよ」 「え……?」 「解けない魔法がかかってるから。今夜はずっと王子がそばにいてあげる」 パーティのときのように、彼はまた私の左手を取って手の甲に口付けた。 彼の唇の感触がとてもリアルで色っぽくて……恥ずかしさで一瞬のうちに頬が熱くなる。「緋雪……」 彼の長い腕が伸びてきて、すっぽりと包み込むように抱きしめられた。 今の傷ついた私の心を、この温かさが癒してくれるみたいな気持ちになる。「そう言えば……呼び名、変わってますね」 「……ん?」 「“緋雪”って」 パーティのあのアクシデントの辺りから、宮田さんは私を“緋雪”と下の名前で呼ぶようになっていた。「あぁ、うん。ずっとそう呼びたかったんだ。……もしかして嫌?」 私の身体を少し離し、その表情を読み取ろうと視線を合わせてくる。 いつもにこにこしている彼の顔が、今はとても不安そう。「……嫌じゃない」 私がそう答えると、彼の顔が照れを含んだうれしそうな顔に変わっていく。 そして、彼の色気のあるやわらかい唇が私の唇をそっと塞いだ。 一瞬で深くなったキスが何度か角度を変えたとき、私はふと俯いてクスリと笑った。 ……思い出し笑いだ。「どうしたの?」 急に笑い出した私に、彼は不思議そうな視線を送る。「また邪魔されるのかなと思ったら、おかしくて……」 キスをしている最中に、コンシェルジュが二度も来たことを思い出したのだ。 香西さんからの私への気遣いだったのに、それは今思えばまるで計ったようなタイミングだった。「もう邪魔はさせないよ」 「でも……」 「誰が来ても出ない。もう止まらないから」 そう言ったかと思うと彼は再びキスを落とし、私をベッドへと押し倒す。 私の上に覆いかぶさる彼を見て、心ごと全部持っていかれたと自覚した。「宮田さんって……意外と肉食だったんですね」 「そうだよ。マチコさんにも言ったでしょ。パーティが終わったらいっぱいイチャつくって
***「緋雪、今晩ちょっと付き合ってよ。相談があるの」 お昼休みが終わろうとする時間に、外から戻ってきた麗子さんが私にそう耳うちしてきた。 この日、特に予定がなかった私は「わかりました」と返事をし、残業にならないように業務をこなす。 麗子さんの相談って、なんなのだろうか? というか、私のほうがいろいろと悩みを抱えているように思うけど。 私の場合、内容は……もちろんあの人のことだ。 ――― 宮田 昴樹 気がつけば、醜態をさらした例のパーティから今日で四日が経っていた。 香西さんに借りた服は、家に帰ってから当然のごとく近所のクリーニング屋店に出して、今日仕上がってくる予定。 その服も、もちろん返さなくてはいけない。 だけど、私は香西さんの連絡先を知らないのだ。 調べれば、香西さんの事務所の電話番号くらいはわかると思うけれど。 彼になにも告げずに行動を起こすのは……さすがに非常識な気がする。 とは言っても。あの日、ホテルの一室でふたりで朝を迎えたわけで……。 一線を越えた男女の仲になったのだと思ったら、連絡しようにも気恥ずかしさが先に立って、そのまま日が過ぎてしまっている。 彼からは二度ほど心配そうなメールが来ていたけれど、それには無難に返事を返すだけにしておいた。 もちろん、いろんな意味でこのままでいいわけがないし、少し気合を入れつつ、なにもなかったように電話でもすればいいだけの話なのだけれど、なかなかそれができない。「とりあえず、ビールでいいよねー?」 麗子さんと仕事帰りに何度か来たことのある会社近くの居酒屋を訪れた。 今日もふたりでテーブル席へ着くと、麗子さんはメニューも見ずに店員に生ビールをふたつ注文した。 あっという間にやってきたビールのジョッキを傾けて、カンパーイ!とグラスを合わせ、適当に料理を頼む。「緋雪さぁ、やっぱり男ができたんじゃない?!」 仕事終わりのビールって、やっぱり美味しいな……などと呑気なことを思いながらジョッキの中身を身体に流し入れているときに、突然そんなことを言われたものだから、ゲホゲホとむせ返してしまった。 ブーっと漫画みたいに噴出さなかっただけマシだ。「麗子さん! 急に変なこと言うからむせたじゃないですか!」 抗議の意味を込めて、ムッと口を尖らせる。「
麗子さんは、時折すごく勘がはたらく人だ。 なにか誤魔化したいことがあったとして、曖昧にやりすごそうとしてもいつも見破られてしまう。「なーんか、緋雪の肌がうるうるしてるのよねぇ。だから砂漠状態だったところに、雨でも降ったのかなぁと思ったのよ」 ……観察眼が鋭すぎます。 空港の入国管理官とか、そういう職業のほうが向いてるような気がしてくるくらい。「ねぇ、どんな人なの?」 「どんな人、って……」 「まさか……変な人じゃないでしょうね?!」 まさに、変な人ですとも。 なかなかあんなに会話がかみ合わない人も珍しいくらい、変ですよ。「変っていうか……変わってる人、ではありますけど」 苦笑いでボソリと呟くようにそう言えば、怪訝そうにギロリと睨まれた。 こ、怖いんですけど……。「今日は麗子さんの相談を聞くんじゃなかったでしたっけ?」 「そんなのは後よ、後! で、その男、歳はいくつなの?」 ここからはずっと、麗子さんの尋問が続くのだろう。「三十一歳です」 「ふぅ~ん。仕事はなにをやってる人?」 「仕事は……じ、自営業?」 まさかデザイナーで、しかも最上梨子です、なんて言えるはずがない。 だけどウソはつきたくなかったから、そうやってやんわりと誤魔化すしかなかった。「え、なによ、その曖昧な表現は。大丈夫なの? 自分で事業をやってるってこと?」 「あ、はい。そうです。大丈夫ですよ、ちゃんとした仕事ですから」 怪しい職業ではない。 その部分だけを強調して、曖昧に笑みを浮かべる。「年収は? どれくらい稼ぐ男なの?」 「年収? さぁ……どうでしょう。知らないです」 「まさか超貧乏とか?」 「いえいえ。そこまで困ってはいないと思うんですけど」 宮田さんの年収なんて、私が知る由も無い。 香西さんのように確立された売れっ子のデザイナーならば、たくさん仕事が舞い込んでくるし、その結果お金だってたくさん入ってくるはずだ。 あのパーティの規模を考えると、それは容易に想像がつく。 だけど宮田さんに関しては……よくわからない。 もちろんうちだけじゃなくて他所の仕事も入ってるようだし、忙しそうだけれど。 その情報だけで、年収なんてわかるはずもない。「愛はお金で買えないって言っても、相手の年収とか大事よ? 緋雪はそういうと
「へぇー、思ってたより大きく載ってるじゃない!」「麗子(れいこ)さん、恥ずかしいですってば」「どうして? 緋雪(ひゆき)、写真うつりいいわよ?」「あんまり見ないでくださいよー」 お昼の休憩時間、人気の女性雑誌をパラパラとめくりながら、会社の先輩社員である麗子さんがニヤニヤとした笑みで私を冷やかす。 【 ウエディングプランナー・朝日奈(あさひな)緋雪さん 26歳 】 ブライダル会社で働いている一般人の私にとって、自分の顔が大きく載っている雑誌を目の前にすると、恥ずかしくて顔から火が吹きそうになる。 私は一年ほど前まで、式や披露宴、結婚指輪や引き出物など、お客様をサポートする実務に就いていた。 だけど今は企画部に移り、新しいプランの作成と、市場調査をおこなうのが私の仕事になっている。 そんな私に、雑誌の取材オファーが来たのは一ヶ月ほど前だった。 記者がどこで私のことを知ったのかはわからない。 だけど、なぜか私を取材したいと名指しで指名してきたようだ。『いいじゃないか、朝日奈。会社にとっても良い宣伝になるし』 私の上司である袴田(はかまだ)部長は、その話を聞いた途端、笑顔で大賛成した。『いや……でも、部長……』『働く女性特集の記事だってさ。朝日奈が優秀だからオファーが来たんだよ。大丈夫だって! それにもう取材OKの返事をしちゃったからなぁ』『え、えぇ?!』 否応なく、とは……まさにこのことだ。 私が断ろうと思ったときには、すでに部長が先方へ返事をしてしまったあとだった。 しかも、優秀だから、などと取って付けたようなお世辞まで言われて。 にこっとした笑みを向ける上司を目の前にして、力なくガクリとうな垂れたのを覚えている。 袴田部長は、四十歳で独身の男性。 元々、インテリアデザイナーを目指していたらしい。 十年ほど前、違う会社から引き抜きで我が社へやってきた人材だということは、他の人に聞いて知った。 たしかに部長は、何を選ぶにしてもセンスがいいし、アイデアも素晴らしい。 だから部長職に抜擢されたのだと思う。 そんな部長のもとで一緒に仕事がしたくて、私は企画部への異動を希望して現在に至っている。 部長が面白いと感じたもの、いけると思ったプランは実際に評判を得ることが多い。 だから私は純粋に部長を
『 この仕事に就こうと思ったきっかけは何ですか? 』 『 新郎新婦のお二人にとって、人生で最高に幸せで大切な思い出を、私も一緒に造ることができたらと思ったからです 』 いろいろと他にも質問は受けたのに。 この質問と回答だけが、記事の中で大きく太い文字で目立つようにしてあった。 ――― なんとも無難な回答。 決して嘘はついていない。そう思っているのも本当だけれど、それは自分の中の優等生的な回答だ。 実は他にも動機はある。だけどそれは堂々とは言えない、本当はもっと不純な動機だから。「朝日奈ー、ちょっと」 お昼休憩が終わり、午後の業務が始まってすぐ、袴田部長が私をデスクへと呼び寄せる。「これ、見たよ。なかなかいい記事じゃないか。というか、デキる女って感じだな!」 私がデスクまで行くと、わざわざ自分の顔の前に雑誌の当該ページを開いて袴田部長が私に見せつけてくる。 ……まったく。そのニヤけた顔を見るとふざけているとしか思えない。 袴田部長は楽しいことが大好きな性格だから、こうして冗談を言われることもしばしばだ。「お客様からも雑誌見ましたよって担当者とそういう話になるらしいよ。いや~、やっぱり朝日奈にしといて良かった」 「え?!」 「…は?」 ……ちょっと待って。今なんて言った?「私にしといて良かったって、どういうことですか? 先方から取材対象は私でと、名指しで指名が来たんじゃなかったんですか?!」 「いや、だから、それはその……」 「部長! まさか部長の差し金で私になったんですか?」 なにもかも部長の策略だった。確信犯だ。目の前のあわてた様子がその証拠。 そう考えた途端、私の眉間にはシワが寄り、眉がつりあがる。「悪かったよ。でも、評判いいよ? この記事」 苦笑いで首の後ろに手をやる部長を前に、あきれてなにも言えなくなってしまった。 もう過ぎてしまったことなのだから、今更怒っても仕方ないのだけれど。 騙されたことへの憤りからか、盛大な溜め息が自然とこぼれ落ちた。「用件がそれだけでしたら、仕事に戻らせてください」 口を尖らせ、部長にからかわれている暇などない、と言いたげに踵を返す。「あ! 待てって! ちゃんと仕事の話もあるから」 あわてて呼び止める声に、再び小さく溜め息を漏らしつつ気を取り直して振り向いた。
「だけど……海や森も、他社がもう手がけているよな。披露宴会場でのそういう演出は、すごく真新しい!とは言いづらい。ま、演出しだいだけど」 資料から一瞬顔を上げて私に視線を移し、部長はまた手元の資料に視線を落とした。「演出は例えばですが、お料理や食器なんかも全部一風変わったものにして……。でも、私が一番こだわってみたいのは新郎新婦の衣装です」 私がそう言うと部長は笑って顔を輝かせた。「衣装ね。なるほど。特にお色直し後の新婦のカラードレスが斬新なら、みんな印象に残りやすいな」「はい。動画や写真にもバッチリ残りますし」「海や森をイメージしたドレスかぁ」 少しは私の思い描いたものを面白いと思ってもらえたようで、私も自然と笑みがこぼれる。 やはり結婚式や披露宴の主役は女性である新婦だ。招待客も自然と新婦のドレスに目がいくと思う。 ならばそれを、いっそのこと大胆な演出のものにしてしまったらどうかと私は考えた。「とりあえず新作ドレスの製作だけは先に上の許可を取ろう。企画をまとめるのは、その目処がついてからだ」「はい」 部長の言う『上の許可』というのは稟議書のことだ。 もちろん私や部長の一存で、勝手に会社のお金で高額なドレスを作ることはできないから、それ相応の手続きがいる。 最近は新作ドレスを作ろうとする動きはなかったし、衣装部と相談してドレスの入れ替えのためだと強く言えば、おそらく稟議は通るんじゃないかと思っているけれど。「だけどデザイナーに依頼すると言ってもなぁ。うちがいつも頼んでるデザイナーに、そんな斬新なデザインを描ける人間がいるかどうか」 指をトントントンとデスクの上で鳴らしながら、書類を見て考えこむ部長を前に、私はひとりほくそ笑んだ。「そこで部長、相談なんですが」「ん?……もしかしてなにかアテがあるのか?」「アテはありませんが、依頼してみたいデザイナーはいます」「ほう」 それは最初に新作のドレスのことを考え出したときから、思いついたこと。 斬新かつ美しいドレスのデザインならば、私の中で是非依頼してみたいデザイナーがいるのだ。「最上梨子(もがみ りこ)っていう新進気鋭のデザイナーなんですが」「あぁ、知ってる!」「そうですか!」「この前俺が見に行ったショーにも参加してたよ。曲線美っていうか面白い発想のデザインだよな、彼女は
麗子さんは、時折すごく勘がはたらく人だ。 なにか誤魔化したいことがあったとして、曖昧にやりすごそうとしてもいつも見破られてしまう。「なーんか、緋雪の肌がうるうるしてるのよねぇ。だから砂漠状態だったところに、雨でも降ったのかなぁと思ったのよ」 ……観察眼が鋭すぎます。 空港の入国管理官とか、そういう職業のほうが向いてるような気がしてくるくらい。「ねぇ、どんな人なの?」 「どんな人、って……」 「まさか……変な人じゃないでしょうね?!」 まさに、変な人ですとも。 なかなかあんなに会話がかみ合わない人も珍しいくらい、変ですよ。「変っていうか……変わってる人、ではありますけど」 苦笑いでボソリと呟くようにそう言えば、怪訝そうにギロリと睨まれた。 こ、怖いんですけど……。「今日は麗子さんの相談を聞くんじゃなかったでしたっけ?」 「そんなのは後よ、後! で、その男、歳はいくつなの?」 ここからはずっと、麗子さんの尋問が続くのだろう。「三十一歳です」 「ふぅ~ん。仕事はなにをやってる人?」 「仕事は……じ、自営業?」 まさかデザイナーで、しかも最上梨子です、なんて言えるはずがない。 だけどウソはつきたくなかったから、そうやってやんわりと誤魔化すしかなかった。「え、なによ、その曖昧な表現は。大丈夫なの? 自分で事業をやってるってこと?」 「あ、はい。そうです。大丈夫ですよ、ちゃんとした仕事ですから」 怪しい職業ではない。 その部分だけを強調して、曖昧に笑みを浮かべる。「年収は? どれくらい稼ぐ男なの?」 「年収? さぁ……どうでしょう。知らないです」 「まさか超貧乏とか?」 「いえいえ。そこまで困ってはいないと思うんですけど」 宮田さんの年収なんて、私が知る由も無い。 香西さんのように確立された売れっ子のデザイナーならば、たくさん仕事が舞い込んでくるし、その結果お金だってたくさん入ってくるはずだ。 あのパーティの規模を考えると、それは容易に想像がつく。 だけど宮田さんに関しては……よくわからない。 もちろんうちだけじゃなくて他所の仕事も入ってるようだし、忙しそうだけれど。 その情報だけで、年収なんてわかるはずもない。「愛はお金で買えないって言っても、相手の年収とか大事よ? 緋雪はそういうと
***「緋雪、今晩ちょっと付き合ってよ。相談があるの」 お昼休みが終わろうとする時間に、外から戻ってきた麗子さんが私にそう耳うちしてきた。 この日、特に予定がなかった私は「わかりました」と返事をし、残業にならないように業務をこなす。 麗子さんの相談って、なんなのだろうか? というか、私のほうがいろいろと悩みを抱えているように思うけど。 私の場合、内容は……もちろんあの人のことだ。 ――― 宮田 昴樹 気がつけば、醜態をさらした例のパーティから今日で四日が経っていた。 香西さんに借りた服は、家に帰ってから当然のごとく近所のクリーニング屋店に出して、今日仕上がってくる予定。 その服も、もちろん返さなくてはいけない。 だけど、私は香西さんの連絡先を知らないのだ。 調べれば、香西さんの事務所の電話番号くらいはわかると思うけれど。 彼になにも告げずに行動を起こすのは……さすがに非常識な気がする。 とは言っても。あの日、ホテルの一室でふたりで朝を迎えたわけで……。 一線を越えた男女の仲になったのだと思ったら、連絡しようにも気恥ずかしさが先に立って、そのまま日が過ぎてしまっている。 彼からは二度ほど心配そうなメールが来ていたけれど、それには無難に返事を返すだけにしておいた。 もちろん、いろんな意味でこのままでいいわけがないし、少し気合を入れつつ、なにもなかったように電話でもすればいいだけの話なのだけれど、なかなかそれができない。「とりあえず、ビールでいいよねー?」 麗子さんと仕事帰りに何度か来たことのある会社近くの居酒屋を訪れた。 今日もふたりでテーブル席へ着くと、麗子さんはメニューも見ずに店員に生ビールをふたつ注文した。 あっという間にやってきたビールのジョッキを傾けて、カンパーイ!とグラスを合わせ、適当に料理を頼む。「緋雪さぁ、やっぱり男ができたんじゃない?!」 仕事終わりのビールって、やっぱり美味しいな……などと呑気なことを思いながらジョッキの中身を身体に流し入れているときに、突然そんなことを言われたものだから、ゲホゲホとむせ返してしまった。 ブーっと漫画みたいに噴出さなかっただけマシだ。「麗子さん! 急に変なこと言うからむせたじゃないですか!」 抗議の意味を込めて、ムッと口を尖らせる。「
「緋雪がシンデレラなら、ドレスを用意した僕は魔法使いってことになるじゃん。……王子は香西さん?」 「……あ、そうなりますね」 「嫌だよ! 僕は王子がいい!」 真剣な表情でそう主張する宮田さんを見てケラケラと笑ってしまった。 こういうところは子どもっぽくてかわいい。「緋雪はさ、〇時を過ぎても魔法は解けないよ」 「え……?」 「解けない魔法がかかってるから。今夜はずっと王子がそばにいてあげる」 パーティのときのように、彼はまた私の左手を取って手の甲に口付けた。 彼の唇の感触がとてもリアルで色っぽくて……恥ずかしさで一瞬のうちに頬が熱くなる。「緋雪……」 彼の長い腕が伸びてきて、すっぽりと包み込むように抱きしめられた。 今の傷ついた私の心を、この温かさが癒してくれるみたいな気持ちになる。「そう言えば……呼び名、変わってますね」 「……ん?」 「“緋雪”って」 パーティのあのアクシデントの辺りから、宮田さんは私を“緋雪”と下の名前で呼ぶようになっていた。「あぁ、うん。ずっとそう呼びたかったんだ。……もしかして嫌?」 私の身体を少し離し、その表情を読み取ろうと視線を合わせてくる。 いつもにこにこしている彼の顔が、今はとても不安そう。「……嫌じゃない」 私がそう答えると、彼の顔が照れを含んだうれしそうな顔に変わっていく。 そして、彼の色気のあるやわらかい唇が私の唇をそっと塞いだ。 一瞬で深くなったキスが何度か角度を変えたとき、私はふと俯いてクスリと笑った。 ……思い出し笑いだ。「どうしたの?」 急に笑い出した私に、彼は不思議そうな視線を送る。「また邪魔されるのかなと思ったら、おかしくて……」 キスをしている最中に、コンシェルジュが二度も来たことを思い出したのだ。 香西さんからの私への気遣いだったのに、それは今思えばまるで計ったようなタイミングだった。「もう邪魔はさせないよ」 「でも……」 「誰が来ても出ない。もう止まらないから」 そう言ったかと思うと彼は再びキスを落とし、私をベッドへと押し倒す。 私の上に覆いかぶさる彼を見て、心ごと全部持っていかれたと自覚した。「宮田さんって……意外と肉食だったんですね」 「そうだよ。マチコさんにも言ったでしょ。パーティが終わったらいっぱいイチャつくって
「香西さんから、また届け物」 少し漏れ聞こえてくる会話から、訪ねて来た人はホテルのスタッフだろうと思ったけれど、やはりコンシェルジュだったみたいだ。「なにが届いたんですか?」 「着替えがないと困ると思って、用意してくれたみたい」 「着替え?」 「これ。下着みたいだけど」 真新しい袋に入った下着らしい代物の中身を覗こうとしている宮田さんの手から、それを素早く奪い取る。 男性のあなたが、それを確認しなくていいです。「さすが香西さん。ないと困るもんね」 にこにことそんなことを言われても、私の顔が赤くなるだけだ。「服も届いてるよ。着て帰るものがなかったら、って考えてくれたんだろうね」 たしかに着てきたドレスがあんな状態では……代わりに身に付けるものがなかった。 デザイン事務所の衣裳部屋には、私が家から着てきたスーツがあるから誰かにそれを届けてもらうのが最善かもしれないけれど。 あの部屋の鍵は宮田さんが持っていて、容易く誰でも入れる部屋ではない。 だからと言って、宮田さんに取りに行ってもらうには申し訳がなさすぎる。 でも違う服で……と言っても、この部屋に居たままで調達する術がわからない。 どうしようかと、実はそれを先ほどから悩んでいたところだった。「申し訳ないですね。こんなに気をつかってもらって」 「いいんじゃない? 僕と香西さんは仲がいいし。ちゃんと僕からお礼を言っておくから」 「すみません」 香西さんが届けてくれたのは、ホテルで着ていてもおかしくないような上品なスカートとインナーとジャケットだった。「お、これ香西さんのデザインだ」 宮田さんがうれしそうにそう言って、私の顔の前にジャケットを当ててみる。「あー、でも。僕のデザインほうがもっと緋雪に似合うよ」 そんなことを言うなんて。 彼も実は意外と負けず嫌いの自信家みたい。「それとあのドレス、今ホテルのクリーニングに一応出しといたから」 「ありがとう……ございます」 私が洗うより、プロの人に任せれば汚れはかなり落ちそうだ。 できるだけ元に戻りますように、と心から願った。「緋雪は明日、仕事があるの?」 「いえ、有給を取りました」 慣れないパーティに行ったら絶対に疲れ果てると予想して、私は事前に翌日の有給申請をしておいた。……かなり正解だと思う。「
「枕営業って! 緋雪はそんなことしていないし、真剣に口説いてるのは僕のほうなのに。逆にもっと緋雪には僕に対して色目を使ってほしいくらいだよ」 最後に言った、色目を使えって部分がおかしくて、思わず笑いそうになる。 こんな時になにを言っているんだ、この人は。 第一、色気もなにもない私が色目なんて使っても、なんの効果もない気がしますけど?「それに、僕に色目を使ってるのは、緋雪じゃなくてハンナのほうだろ」 「……え?!」 「あ、いや……その……」 今のは宮田さんにとって失言だったのか、あわてるような素振りで視線を逸らされた。 まずいことを言った、と顔に書いてあるような表情をしていてとてもわかりやすい。「気づいてたんですか、彼女の気持ちに」 私がそう言うと、チラリと視線だけを私のほうへ寄越す。「宮田さんを狙ってるって、私にも言ってましたから」 「……そうなんだ。でもあの子の場合はどこまで本気かわからないよ。最上梨子のドレスが着たいだけかもしれない。それに流す浮名も多い子だからね。相手は若手俳優とかイケメンモデルとか。ま、僕はまったく興味が無いから、そんなことはどうでもいいけど」 ハンナさんはあの容姿なのだから男性にモテないはずがない。 だけど宮田さんのレーダーには引っかからないみたいで、それが不思議だ。「私が宮田さんと一緒にパーティに来ていること自体にも、腹を立てていたのかもしれませんね」 「……え」 「最初から目障りだったんだと思います。自分のお気に入りの男性の傍をウロチョロする私の存在が」 「…………」 「それこそ、自分の容姿に自信のある彼女のプライドが許さないんじゃないですかね。私なんてライバルにも成りえないって思ってるでしょうし」 彼女と会話していると、常に見下された感が否めなかった。 無意識だったのかもしれないけれど、彼女の心の中にそういう気持ちがあるからこそ表にも出てくるのだろうと思う。 自分よりも容姿の劣るブスが、どうして彼のそばにいるのか、と。「勘違いも甚だしいよね」 「え?」 「たしかにライバルになんて成りえないよ。僕は最初から、ハンナのことは眼中にないんだから」 その色気を含んだ漆黒の瞳に、吸い込まれそうになった。「緋雪と出会ってから、ずっと緋雪に夢中だよ。……どうしよう」 至近距離でそ
シャワーを浴び終えたけれど、着替えの類は一切無い。 仕方がないので素肌に備え付けのバスローブをきっちりと羽織り、バスルームから出た。 ―― すごく無防備な格好だ。 上着を脱ぎ、アスコットタイを外してベッドの淵にちょこんと腰掛けていた宮田さんが、私に気づくとやさしく笑って手招きした。「さっきのインターフォン、香西さんがホテルのコンシェルジュに言って、これを届けてくれたみたい」 そう言って宮田さんが指し示したのは、消毒薬や絆創膏や包帯の類だった。 香西さんが私の怪我のことをそこまで心配してくれたのかと思うと、再び申し訳なくなってくる。「こっちに座って、怪我を見せて?」 すでに消毒薬を手に持つ宮田さんの隣に座り、素直に左腕をまくって差し出した。「大したことありませんよ」 「なに言ってんの。けっこう痛そうだよ」 しかめっ面をしながら私の傷をまじまじと見つめ、彼がそのまま唇を這わせる。 思ってもいなかったその行為に、私の心臓がドキっと跳ね上がった。「許せないな……緋雪にこんな傷をつけるなんて」 「……え?」 「わかってるよ。……ハンナでしょ」 突如ハンナさんの名前を出され、なんとなく視線を逸らした。 たしかにハンナさんのせいと言われればその通りだ。 彼女に体当たりされなければ、こんなことにはならなかったと思う。 あの当たり方は絶対……わざとだったと思うから。「ごめん。全部僕のせいだ」 「宮田さんの……せい?」 「飲み物を取りに行かされたのもわざとだったと思う。僕が途中で知り合いに話しかけられて、なかなか戻ってこれなかったからそれもまずかった。ハンナは僕があのドレスを着させないと言ったことが気に入らなかったんでしょ。プライドだけは高い人だからね」 そう話しながらも、私の腕の傷に消毒薬がかけられた。 深くもないし痛くもなかったのに、消毒薬の刺激で少し沁みる。「緋雪は八つ当たりをされたんだよ」 ……八つ当たり、ですか。「緋雪とハンナが一緒にいたのは香西さんも見ていただろうし、きっとみんなわかってるよ。ハンナが原因だって」 ハンナさんは華のある人だから、どこに居ても目立つ。 私や宮田さんと三人で話しているのを見られていたとしてもおかしくはない。「宮田さんが、ハンナさんは性格が悪いって言ってたこと……よく
「朝日奈さん、謝らないでよ。謝らなきゃいけないのは、こっちだ。本当にごめんね、せっかくパーティに来てくれたのに、怪我までさせてしまって」 そんなやさしい香西さんの言葉を聞いて、涙腺が緩まないわけがなかった。 じわりじわりと目に涙が溜まってくる。 ――― なんて器の大きい人なんだろう。「大丈夫、泣かないで? 君には宮田くんがついてるから安心して」 にっこりと笑う香西さんに、自然と頭を下げておじぎをしていた。 涙がポトリ、ポトリと床へ落ちる。「緋雪、行こう」 宮田さんにそっと腕を支えられ、ソースまみれの体で私はパーティ会場を後にした。 すぐさまエレベーターに乗り込んで、いくつか上の階の客室のフロアへと到着する。 香西さんが泊まるはずだった部屋は、バッチリと夜景まで見える豪華な部屋だった。「とにかくシャワー浴びて、その体の汚れを落とさなきゃね」 部屋に入っても、ボーっと突っ立っているだけの私の手を引いて、宮田さんが広いバスルームへと誘導する。 そこで私が見たものは、頭や顔にもソースが飛び散り、無残な姿が写る大きな鏡の中の自分だった。 いや、そんなことよりも ――― 茶色いソースがどろどろと付いたドレスの全容を見てしまうと、絶望で胸が張り裂けそうになった。 私がここに着て来なければ、このドレスは綺麗なままでいられたのに……。 そう思うと、涙がとめどなく溢れ出てきて止まらない。「ごめんなさいっ……私、とんでもないことを……」 「え……どうしたの」 鏡の前で号泣する私を見て、未だバスルームから出て行っていなかった宮田さんが心配そうに近寄ってくる。「だって……ドレスが……こんなに……」 「ドレスが汚れたの、気にしてたの? そんなこと別にいいのに」 これだけ汚れてしまっては、その汚れが全部取りきれるとは思えない。 きっともう、元通りには戻らないと直感した。 だからこんなにも悲しいし、その罪は重い。「気にしますよ!! だって、このドレスは……あなたが私の為に作ってくれたドレスで……だから、私にとってとても特別なドレスなんです! なのに……」 「僕にとっても特別なドレスだよ。大好きな人の為に作ったものだからね。だけどそのドレスよりも、もっと特別で大切なのは、緋雪……君自身だ」 私が泣き喚くように声を張って
目の前には私と共に落ちてきた料理のお皿が割れて、無残にそれがバラバラと床に広がっていた。 それがスープのような熱いものじゃなかった分、まだ幸いだったのかもしれない。 私の顔にも飛び散った料理の液体に、熱さは感じなかったから。 だけど自分が倒れこんでいるドレスの下には、その料理の残骸がびっしりと横たわっていて。 ドレスがぐちゃぐちゃに汚れてしまったのだと、否が応でもわかる。「緋雪!!」 静まり返った会場から、「大丈夫?」と心配する声があちこちから聞こえてくる中、一際大きく宮田さんが私を呼ぶ声が聞こえた。 だけど、すぐに顔を上げることはできなかった。 今、いったいなにが起こったのか……。 震えが止まらず、冷静でいられない自分がいる。 転んで大きな音を立ててしまったことが恥ずかしいとか、もうどうでも良かった。 そんなことより、私は大罪を犯してしまった。 ――― この綺麗なドレスに、シミ一つ作りたくなかったのに。「緋雪、大丈夫か?! すいません、タオル持ってきてください!」 私の上体を起こしながら、宮田さんがホテルのスタッフにそう声をかける。「ごめ……なさい…っ…」 上手く声が出せなくて、振り絞るように宮田さんに謝罪の言葉を口にした。 目は、合わせられなかった。 こんなことをしでかした手前、顔を見せられるわけがない。「朝日奈さん、大丈夫?」 今度は香西さんの声がした。 途端に、申し訳なさでいっぱいになる。 せっかくのパーティなのに、この騒ぎのせいで台無しだ。「緋雪、立てる?」 私の頭や体に付着した料理のソースを白いタオルで拭き取りながら、宮田さんが私をゆっくりと立ち上がらせた。 その瞬間、先ほどまで綺麗だったドレスのスカートが今はデミグラスソースのような茶色いものでびっしりと汚れているのが見て取れる。 その事実に、急激に悲しさがこみ上げた。「怪我はない?」 「……はい」 押されてよろめいて、転んだだけだ。怪我なんてするわけがない。「あ、でも、朝日奈さんの左腕……」 香西さんにそう言われ、宮田さんがすぐさま私の左手を掴んで腕を見る。「血が出てるじゃないか!」 本当だ。少し血が出ている。 足元を見ると、大きめのフォークが転がっていた。 きっと床に倒れたとき、これが腕に少々刺
「アンタ、宮田さんのなんなの?」 「え……」 「彼を狙ってるわけ?」 怖い顔をして、今度はギロリと睨みつけられた。 元々美人でかわいい顔をしているのに、これでは台無しだ。「言っとくけど、あたしは狙ってるからね。 なのにアンタみたいなドブスが現れて、邪魔されたんじゃたまらないわ!」 ハンナさんって……やっぱりそうだったんだ。 さっきの行きすぎのように思えたスキンシップも、宮田さんに好意があるからで……。 なんだか、謎が解けた気がした。「覚えときなさいよ。このあたしが言い寄ってオチない男なんていないの。上目遣いでにっこり微笑んで、手でもギュッと握ったら大概イチコロよ」 ……そうだと思う。 それには激しく納得してしまった。「アンタ、ブライダルドレスの仕事のためにうまく彼を釣ろうと思ってるの?」 「いえ、ち、違いますっ!」 「フン! 枕営業です、とは堂々と言えないものね」 さすがに今のは、カチンときた。 私がドブスと言われようが、着たいドレスが着れないからってひがまれようが、それには我慢できたけれど。 私が仕事の為に、宮田さんに色目を使ってるとでも? 女だということを最大の武器にした“枕営業”って、そういうことでしょ??「やめてください、枕営業だなんて! そういうつもりはありませんし、宮田さんだってそういう人ではありません!」 「ふぅーん。枕営業じゃないの? だったら、さっきのはなんなのよ。宮田さんがアンタの手にキスしてたじゃないの!」 「!……」 あれを見られていたんだ……。 ハンナさんが私たちに話しかけてくる前の、宮田さんの行動だったのに。「いい? 宮田さんが、あたしよりアンタを選ぶはずがないのよ! アンタ、ドブスなの。鏡を見たことある? よくそんな顔と体型でドレスなんて着ようと思ったわね」 信じられない! と顔を歪ませて吐き捨てるようにハンナさんがそう言った。「大体、アンタみたいなのに最上梨子のドレスはもったいないって、どうしてわからないわけ?」 「それは……わかってます」 「はっ! わかってるんだ。だったら二度と着ないでね、このドレスも!」 そう言われたかと思ったら、ハンナさんにドン!っと体当たりされてしまう。 その衝撃で料理が並べられているテーブルに倒れこむように手をつき、さらにバラ